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R32スカイラインGT-Rは、最初2.4Lの2WDだった!伝説の名車が誕生するまでの開発秘話を動画にしました

1989年に登場した日産スカイラインGT-R、型式BNR32。

今でも日本を代表するスポーツカーとして高い人気を誇る名車です。

2.6L直列6気筒ツインターボのRB26DETT、電子制御4WDのATTESA E-TS、そしてグループAレースでの圧倒的な強さ。

R32 GT-Rといえば、これらの技術を思い浮かべる人も多いと思います。

しかし、今回この車の開発秘話を調べていく中で、非常に興味深い事実を知りました。

実はR32 GT-Rは、最初から2.6Lの4WDとして計画されていたわけではなかったのです。

今回は、その開発の裏側をYouTube動画にまとめました。

当初は2.4Lの2WDで計画されていた

僕が所有している『R32スカイラインGT-R レース仕様車の技術開発』という書籍には、R32 GT-Rの誕生に至るまでの技術的な経緯が詳しく書かれています。

その中でも特に驚いたのが、当初の開発計画です。

R32 GT-Rの開発では、富士スピードウェイで1分30秒を切るという目標が掲げられていました。

そのために必要とされたパワーウェイトレシオは2.2kg/PS以下。

当初計画されていた2.4Lのレース仕様車重は約1,180kgと想定され、目標出力は540PSに設定されていたそうです。

エンジンには輸出用のSOHCエンジン、RB24Sをベースに、DOHC化とツインターボ化を施す構想がありました。

そして、この段階では駆動方式も2WDだったのです。

つまり、現在知られているR32 GT-Rとは、かなり違う姿で開発が始まっていたことになります。

4WDシステムの採用が運命を変えた

大きな転機となったのが、1986年末のことです。

日産の車両研究所では、電子制御トルクスプリット4WDシステムを搭載した試作車が開発されていました。

その試作車を実際に走らせてみると、2WDでは難しいドリフトコントロールが、アクセル操作だけで、ほとんどステアリングの修正を必要とせずに行えたというのです。

この優れたコントロール性能が評価され、R32 GT-Rへの採用が決まりました。

しかし、4WD化には大きな問題がありました。

それは車両重量の増加です。

4WD化によって約100kgの重量増が見込まれ、グループA仕様では車重が約1,250kgになると予想されました。

その重量に対応するレース規則の排気量区分を考えると、ターボ換算後の排気量を4.5L以下に収める必要がありました。

当時のターボ換算係数は1.7です。

4,500ccを1.7で割ると、約2,647cc。

ここから、2.6Lという排気量が選ばれたのです。

RB26DETTの2.6Lという排気量には、4WD化とグループA規則という明確な理由があったわけです。

4WD化はエンジンや車体の大改造を意味した

僕は整備士として、この部分が特に興味深かったです。

4WD化するには、フロントデフを新しく搭載する必要があります。

R32 GT-Rでは、エンジンのオイルパン付近にフロントデフを配置し、ドライブシャフトを通すための構造を設ける必要がありました。

その結果、従来の板金製オイルパンからアルミ鋳造製へ変更されることになったのです。

さらに、フロント駆動用プロペラシャフトの新設、リヤLSDの見直し、フロアパネルの変更、フロントサスペンションの再設計まで必要になりました。

これは単に4WDシステムを追加するというレベルではありません。

車体全体を見直すほどの大きな設計変更だったのです。

RB26とVG30DETTには社内ライバル関係もあった

もうひとつ面白かったのが、エンジン開発陣のエピソードです。

当時、RB26の設計グループの隣では、Z32フェアレディZに搭載するVG30DETTの開発が進められていました。

北米市場をターゲットにしていたVG30DETTは、300PSを目標としていたそうです。

RB26の開発陣には、これに負けたくないという気持ちもあったといいます。

そして、RB26は最初の火入れ式で315PSを達成したというのです。

また、エンジンの高出力化に対応するため、ヘッドボルトのサイズを従来のM11からM12へ変更したという技術的な話も紹介されています。

一方で、排気量を2.4Lから2.6Lへ変更することについては、製造設備やエンジンの種類が増えることを懸念する意見もありました。

それでも、グループAで勝つためには2.6Lが必要だと開発陣は主張しました。

技術的な理想だけではなく、生産設備との兼ね合いまで考えていたところに、自動車開発の難しさを感じます。

ニュルブルクリンクでの苦戦と驚異的な進化

開発途中のR32 GT-Rは、ニュルブルクリンクでも走行テストが行われました。

しかし最初の結果は散々でした。

エンジンパワーが足りない。

コーナーではアンダーステアが強い。

ロールも大きすぎる。

高速からのブレーキングも甘い。

さらに、ツインターボの後ろ側が焼き付くというトラブルまで発生していたそうです。

ところが、開発陣はそこから改善を重ね、10日後には8分33秒までタイムを縮めました。

そして正式発売後のテストでは、書籍によると8分20秒11というタイムを記録しています。

最初の苦戦から、ここまで走行性能を磨き上げたという過程には驚かされます。

その後、R32 GT-RはグループAレースでデビューし、全日本ツーリングカー選手権で29戦29勝という記録を残しました。

R32 GT-Rの開発秘話をYouTubeで公開しました

今回の動画では、こうした開発エピソードを、僕が撮影したR32 GT-RやRB26エンジン、Z32フェアレディZの写真などを交えながら紹介しています。

MHO兄弟の掛け合いとナレーションで、なるべくわかりやすくまとめました。

R32 GT-Rは、単に高性能なエンジンと4WDを組み合わせた車ではありません。

レースで勝つために必要な性能を追求し、その過程で排気量や車体構造まで見直して生まれた車だったのです。

僕も整備士として長年さまざまな車を見てきましたが、完成した車の構造には、それぞれ開発者の考えや事情が詰まっているのだと改めて感じました。

R32 GT-Rが好きな方はもちろん、当時の日産の技術開発に興味がある方にも、ぜひ動画をご覧いただきたいと思います。

参考書籍:『R32スカイラインGT-R レース仕様車の技術開発』

※開発時の数値やエピソードは参考書籍をもとに紹介しています。レース仕様の目標値と市販車の公称値は異なります。