自動車整備の仕事を25年近くやってきて、その中でも長く担当したのがサービスフロントでした。
整備士として現場で作業していた期間も長かったですが、最後の10年以上は、お客さんからの電話を受けて症状を聞き、必要に応じて出張し、工場に入庫するまでの判断をするフロント業務を中心にやっていました。
ピーク時には、年間車検台数が2000台を超える整備工場で、フロント業務をほぼ一人で回していました。
そうなると、毎日のようにいろいろな電話がかかってきます。
その中でも、本当に多かったのがこの一言です。
「エンジンがかからないんです」
これまで何件この電話を受けてきたのか、正直もう数えられません。
感覚的には、毎日1件くらいはあったんじゃないかと思うほどです。
エンジンがかからないという電話を受けた時、整備士としてまず知りたいのは、
セルモーターが回っているのか、回っていないのか
ということです。
これだけでも、故障原因をかなり絞り込めます。
セルが勢いよく回っているのにエンジンが始動しないのか。
セルが弱々しく回っているのか。
「カカカカカ……」と音だけしているのか。
完全に無反応なのか。
メーターの電気すら点かないのか。
この違いによって、こちらが持っていく工具や部品、出張するべきなのか、レッカーを手配すべきなのかまで変わってきます。
だから電話口では必ず聞きます。
「セルは回っていますか?」
すると、
「回ってます」
と答えるお客さんがいる。
こちらもその情報を前提にして出張するわけです。
ところが、実際に現場へ行ってキーを回してみると、
カカカカカカ……。
どう聞いてもバッテリー上がりです。
セルモーターは回っていません。
でも、お客さんにとっては「音がしている=セルが回っている」なんです。
ここが難しいところでした。
整備士が考える「セルが回っている」と、お客さんが考える「セルが回っている」は、同じ言葉なのに意味が違うことがあります。
お客さんの中には、
「キーを回したら音がする」
これを全部「セルが回っている」と表現する人がいます。
逆に、その人たちが考える「セルが回っていない」という状態は、
メーターすら点かない。完全に何の反応もない。
こういう状態だったりします。
つまり、電話で、
「セルは回っていますか?」
と聞いただけでは、正確な情報が取れないことがあるわけです。
こういう経験を何度も何度も繰り返しました。
もっと単純なケースもあります。
「エンジンがかからない」
と電話が来て出張したら、単にハンドルロックがかかっていてキーが回らなかっただけ。
そんなケースもありました。
僕が担当していたお客さんは、年配の方がかなり多かったので、こういうトラブルも珍しくありませんでした。
今の車ならスマートキーやプッシュスタートが増えていますから、
ブレーキを踏めていない。
シフトがPに入っていない。
スマートキーの電池が弱い。
ハンドルロックがかかっている。
こういった「故障ではないけれどエンジンがかからない」ケースもたくさんあります。
整備士として現場に出ていた頃は、とにかく技術を磨くことばかり考えていました。
音を聞く。
振動を感じる。
診断機を見る。
テスターを当てる。
分解して原因を探す。
そういう「車を直す技術」です。
でも、フロント業務をやるようになってから必要になったのは、
人から正しい情報を引き出す技術
でした。
お客さんは整備士ではありません。
専門用語を使っても伝わらない。
だから、
「セルは回っていますか?」
ではなく、
「キーを回した時に、キュルキュルという音はしますか?」
「カカカカという音ですか?」
「メーターのランプは点きますか?」
「ヘッドライトは点きますか?」
「キーは回りますか?」
というように、質問を分解していく必要があります。
これは整備書にはあまり載っていない技術です。
でもフロントを10年以上やっていると、この「聞き方」がものすごく重要だと分かってきます。
ただ、正直に言えば疲れることもありました。
毎日違うお客さんから、
「エンジンがかからない」
という電話が来る。
そして毎回、
「セルは回っていますか?」
「音はしますか?」
「どんな音ですか?」
「メーターは点きますか?」
と同じ説明を繰り返す。
何年も続けていると、
「どうしてこれが伝わらないんだろう」
と思ってしまうこともあります。
でも、それはこちらが車のことを知りすぎているからなんですよね。
一般の人からしたら、
セルモーター。
クランキング。
バッテリー電圧。
イモビライザー。
そんなものは知る必要がありません。
エンジンがかからなければ、それだけで十分困るわけです。
そういう経験がずっと頭に残っていました。
電話で説明するから難しい。
だったら、
動画を見てもらえばいいんじゃないか?
と思ったわけです。
そこで今回、
「エンジンがかからない時に見てほしい動画」
を作りました。
AIアニメと実写を組み合わせて、
エンジンがかからない時に何を確認すればいいのか。
セルが回るとはどういう状態なのか。
バッテリー上がりだとどんな音がするのか。
まず何を見ればいいのか。
そういう内容を、できるだけ車に詳しくない人にも分かるようにまとめています。
動画自体は約6分です。
でも編集には7時間以上かかりました。
6分の動画を作るのに7時間。
動画制作をやっていると、こういうことは普通に起こります。
AIで素材を作って、実写を入れて、音声を調整して、テロップを入れて、タイミングを合わせていく。
完成してしまえば6分ですが、その裏ではかなりの時間を使っています。
ちなみに、普段このサイトを読んでくださっている皆さんには、この動画はほとんど必要ないかもしれません。
オイル交換。
タイミングベルト。
故障診断。
DIY整備。
そんな記事を読んでいる人に、
「セルモーターが回るとは?」
なんて説明しても、
「知ってるよ」
となると思います。
なので、この動画のターゲットは皆さんではありません(笑)。
車に詳しくない人。
免許を取ったばかりの人。
高齢のドライバー。
家族から突然、
「車が動かない!」
と電話を受けた人。
そんな人たちに見てもらえればと思っています。
もし周りに、
「車のことは全然分からない」
という人がいたら、この動画を教えてもらえるとうれしいです。
整備士として現場で覚えたこと。
フロントとして人と接して覚えたこと。
その両方を、今度は動画という形にして残していこうと思っています。
ガソリンスタンドでアルバイトをはじめ、その後指定整備工場へ就職。
働きながら、3級ガソリンエンジン、2級ガソリン自動車の整備資格を取得。2級整備士の資格を取得後整備主任に任命され、自動車検査員の資格を取得。
以後、自動車整備の現場で日々整備に励んでいます。
現役自動車整備士であり、自動車検査員。YouTuberもやっています。車の整備情報から新車、車にまつわるいろんな情報を365日毎日更新しています。TwitterやInstagram、YouTubeTikTokも更新しているのでフォローお願いします。