日記・戯言

「故障や事故は自己責任」――アメリカの車検不要文化とイギリスのMOTテストの違い

今日は少し毛色を変えて、海外の車検事情についての話をしたいと思います。きっかけは、あるニュース記事で目にした「故障や事故は自己責任」というアメリカの車社会の考え方でした。

こんにちは、チームMHOです。

日本にいると当たり前すぎて疑問にも思わない車検制度ですが、海外に目を向けてみると、その国の文化や価値観がそのまま車の維持管理の仕組みに表れていて、整備士として読んでいてなかなか興味深い内容でした。今日はこの話を切り口に、日本の車検制度についても考えてみたいと思います。

アメリカは州によって全く違う

まずアメリカですが、実は「車検がない国」というのは正確ではありません。アメリカは州ごとに法律や制度が大きく異なる国で、車検(正確には排ガス検査や安全検査に近いもの)を実施している州もあれば、まったく求めていない州もあります。つまり「アメリカの車検事情」とひとくくりにできないのが実態です。

ただ、それでも日本と比べると全体的に緩やかというか、車の状態管理をユーザー自身の判断に委ねている部分が大きいのは間違いありません。ブレーキパッドの残量やタイヤの溝、オイルの汚れ具合など、日本なら車検のたびに整備士がチェックする項目を、自分で見て自分で判断する。それが「自己責任」という言葉の意味するところなんだと思います。

こうした文化の背景には、広大な土地に人が点在して住み、車がないと生活が成り立たないという事情もあるでしょう。そして何より、車という機械を「自分で面倒を見るもの」という感覚が根付いている。実際、アメリカにはDIYで整備をするユーザーが多く、パーツ店やオイル交換用品も日本以上に充実しています。自分の車は自分で守る、壊れたら自分の責任という考え方が、車検不要という制度の土台になっているわけです。

イギリスのMOTテストという中間形態

一方でイギリスには「MOTテスト」という制度があります。これは日本の車検に近いものですが、中身はかなりシンプルです。ブレーキ、ライト、タイヤ、排ガスといった安全と環境に直結する項目を中心にチェックし、日本の車検のように分解整備を前提とした細かい点検はしません。検査自体も日本より短時間で終わることが多く、費用も抑えられています。

つまりイギリスは「最低限のラインは国が決めるけれど、そこから先の細かいメンテナンスはユーザー次第」という、アメリカと日本の中間のような立ち位置にあると言えます。国として最低限の安全基準は維持しつつ、過度な管理はしない。このバランス感覚は、日本の車検制度を考える上でも参考になる部分があると感じます。

日本の車検制度と「お上任せ」の関係

日本の車検は、項目の多さでいえばかなり手厚い部類に入ります。下回りの状態、排気ガス、灯火類、ブレーキ、足回りのガタつきなど、整備士が実際に車をリフトに上げて目視・触診・計測で細かくチェックします。これは裏を返せば、ユーザー自身が車の状態を細かく把握していなくても、車検のタイミングでプロがしっかり見てくれる仕組みだということです。

これは日本人の気質とも無関係ではないと僕は思っています。良くも悪くも「決められたルールに従っていれば安心」という感覚が強く、車の点検も「専門家に任せておけば大丈夫」という発想が根付いている。車検制度自体が、そうした「お上任せ」の文化とセットで成り立ってきた面があるのではないでしょうか。

これは悪いことばかりではありません。整備士という第三者の目が定期的に入ることで、ユーザー自身が気づかない不具合や劣化を早期に発見できる。実際、現場で車検の点検をしていると、ユーザーが全く気づいていなかったブレーキの摩耗やブッシュ類のガタつきを見つけることは珍しくありません。車検があるからこそ、日本の道路を走る車の平均的な整備状態は世界的に見てもかなり高い水準を保てているのだと思います。

もし日本の車検がなくなったら

ここで少し想像してみます。もし日本の車検制度がなくなったらどうなるか。これはあくまで整備士としての予測ですが、いくつか懸念が浮かびます。

まず単純に、点検の機会そのものが失われることで、不具合を放置したまま走り続ける車が増えるはずです。日本のユーザーは前述の通り「お上任せ」の気質が強く、アメリカのように自分で車の状態を細かくチェックする文化が根付いているわけではありません。車検という強制力がなくなれば、多くの人は「異常を感じるまで放置する」という状態になりやすいと思います。

ブレーキの効きが甘くなってきた、タイヤの溝が減ってきた、下回りから異音がする。こうした劣化のサインは、日常的に運転しているだけでは気づきにくいものも多く、整備士がリフトに上げて初めて発見できるものも少なくありません。それが放置されれば、雨の日の制動距離が伸びたり、高速道路でのタイヤバーストのリスクが上がったりと、事故につながる要因が確実に増えていくはずです。

また、車検という区切りがなくなることで、そもそも定期的に整備工場に車を持ち込む習慣自体が薄れていく可能性もあります。オイル交換すら億劫になり、エンジンの寿命を縮めてしまうユーザーも出てくるかもしれません。結果として、街中を走る車の平均的なコンディションが下がり、故障車や不具合車が増える。それに伴って、路上でのトラブルや事故のリスクも高まる。これは決して大げさな話ではなく、点検の機会が減れば必然的に起こりうることだと思います。

もちろん車検がなくなればユーザーの負担は減りますし、アメリカのように自己責任でDIY整備をする文化が育つ可能性もゼロではありません。ですが、それには時間がかかりますし、日本の道路環境や住宅事情を考えると、アメリカほど気軽にDIY整備ができる土壌があるとも言い切れません。

アメリカの自己責任文化、イギリスの簡易的なMOTテスト、そして日本の手厚い車検制度。それぞれの国の車検事情を並べてみると、単なる制度の違いというより、その国の人々が車とどう向き合っているかという文化そのものが表れているように感じます。

日本の車検制度は費用も手間もかかりますが、その分、整備士という第三者の目が定期的に入ることで、車の安全性が保たれているという側面は間違いなくあります。もし制度がなくなれば便利になる部分もあるでしょうが、故障車や整備不良の車が増え、事故のリスクが高まるという懸念も、現場で車を見ている整備士としては見過ごせません。

普段何気なく受けている車検ですが、その裏側にある意味を少し考えてみると、また違った見え方があるかもしれません。今日はそんな海外の事情から、日本の車検制度について考えてみました。

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