
「ハリアーのエンジンがかからない」
以前、そんな連絡を受けたことがあります。
状況を聞く限りでは、バッテリー上がりの可能性が高そうでした。しかし、そのとき工場には適合するバッテリーの在庫がありません。
そこでお客さんには、次のように案内しました。
「JAFやロードサービスにジャンプスタートしてもらい、そのまま工場まで乗ってきてください。それまでに交換用のバッテリーを用意しておきます」
バッテリー上がりなら、救援用の電源をつないでエンジンを始動する。あとは工場まで走ってきてもらい、新しいバッテリーへ交換する。
当初は、それで済む話だと思っていました。
ところが、しばらくして工場へやってきたハリアーは、自走ではなくロードサービスの積載車に載せられていました。
話を聞くと、エンジンを始動させても電動パーキングブレーキを解除できなかったというのです。
目次
後輪がロックしたままで車を動かせない
ロードサービスが現場へ到着し、ハリアーへ救援用の電源を接続しました。

エンジンの始動には成功したものの、電動パーキングブレーキが解除できません。
スイッチを操作しても後輪のブレーキがかかったままです。
エンジンはかかっているのに、車を動かせない。
昔ながらの機械式サイドブレーキであれば、レバーを戻したりペダルを解除したりすれば、バッテリーが弱っていてもブレーキを解除できます。
しかし、このハリアーは電動パーキングブレーキです。
スイッチの操作を車のコンピューターが受け取り、モーターを動かしてブレーキを解除します。そのため、システムを正常に作動させられるだけの電源が必要です。
エンジンが始動したからといって、すべての電装システムが即座に正常復帰するとは限りません。
このときはバッテリー電圧が大きく低下していたため、始動直後には電動パーキングブレーキを解除できなかったと考えられます。
だからといって、後輪がロックした車をそのまま引っ張るわけにはいきません。
タイヤを地面に引きずれば、トレッドの一部分だけが削れてしまう可能性があります。電動パーキングブレーキやブレーキ周辺の部品へも、余計な負担がかかります。
そこでロードサービスが使ったのが、なんとスノーボードでした。
リヤタイヤの下にスノーボードを敷き、後輪を滑らせるようにして積載車へ載せたのです。
最初に見たときは、なぜ車と一緒にスノーボードが積まれているのかと思いました。
まさかハリアーが、真夏にゲレンデへ行く準備をしてきたわけではありません。
後輪が回らないため、スノーボードを即席の滑走板として使っていたのです。
もちろん、これはロードサービスが現場の状況を判断して行った搬送方法です。個人が同じことを真似して、安全が保証されるものではありません。
車両の重量や路面の傾斜によっては、板が外れたり、車が予想外の方向へ動いたりする危険があります。
工場では診断機による解除を考えた
ハリアーが工場へ到着した時点でも、電動パーキングブレーキは作動したままでした。

積載車から降ろすには、何らかの方法で後輪のロックを解除しなければなりません。
私は最初、診断機を接続して電動パーキングブレーキを強制的に解除できないかと考えました。
電動パーキングブレーキを搭載した車では、ブレーキの整備時などに診断機を使って整備モードへ移行させる場合があります。
ただし、診断機を使えばどの車でも簡単に解除できるわけではありません。車種や状態によって方法は異なり、そもそも車両側の電圧が低すぎれば診断機との通信が安定しない可能性もあります。
ところが、解除方法を確認している間もハリアーのエンジンはかけたままになっていました。
その結果、充電によってバッテリー電圧がある程度まで回復したのでしょう。
もう一度、通常どおり電動パーキングブレーキのスイッチを操作すると、今度はそのまま解除できました。
診断機を使って強制解除する必要はありませんでした。
始動できた直後と、しばらくエンジンをかけておいた後では、車両が使える電力の状態が変わっていたのです。
ジャンプスタートできれば完全復旧ではない
バッテリー上がりを起こした車へ救援用の電源をつなぎ、エンジンがかかると、多くの人は「直った」と思います。

しかし、エンジンが始動できたことと、バッテリーが正常な状態へ戻ったことは別の話です。
救援車やジャンプスターターの電力を借りて、始動に成功しただけかもしれません。
車両から救援用の電源を外した直後は、弱ったバッテリーの電圧が安定せず、一部のシステムが正常に作動しない場合があります。
今回のハリアーでは、それが電動パーキングブレーキの解除という形で現れました。
エンジンは始動している。
メーターも点灯している。
それでも電動パーキングブレーキは解除できない。
車のコンピューターが、電圧不足による誤作動を防ぐために操作を受け付けなかった可能性もあります。
しばらくエンジンをかけて充電されたことで電圧が回復し、通常の解除操作ができるようになりました。
ただし、エンジンをかけて待てば、必ず解除できるという意味ではありません。
バッテリーの劣化が激しい場合、内部で故障している場合、充電系統に異常がある場合などは、いくらエンジンをかけていても電圧が安定しないことがあります。
また、電動パーキングブレーキ自体に故障がある可能性もあります。
一度電源を復旧させても解除できない場合は、同じ操作を何度も繰り返すのではなく、取扱説明書を確認したうえで販売店や整備工場へ相談してください。
手動で解除しなければならない車種もある
電動パーキングブレーキが解除できない場合の対処方法は、すべての車で共通ではありません。

外部から12V電源を供給し、通常どおりスイッチを操作する車。
ブレーキペダルを踏むなど、決められた条件を満たして解除する車。
診断機を使って整備モードへ移行させる車。
指定された方法で、電動パーキングブレーキを手動解除する車。
車種によって構造も手順も違います。
中にはブレーキのモーター部分や専用の解除機構へアクセスしなければならない車もあります。
だからこそ、インターネットで見つけた別の車の解除方法を、そのまま試すのは危険です。
似たようなスイッチが付いていても、内部の構造まで同じとは限りません。
無理にモーターを回したり、配線へ直接電気を流したりすれば、電動パーキングブレーキを壊す可能性があります。
突然ブレーキが解除され、車が動き出す危険もあります。
特に坂道やジャッキアップした状態での手動解除は、重大な事故につながりかねません。
まずは、その車の取扱説明書に記載されている緊急時の対応を確認することが基本です。
説明書に利用者自身で行える解除方法が記載されていなければ、無理に作業するべきではありません。
昔の車なら押せたのに、今の車は押せない
昔の車なら、バッテリーが上がってもサイドブレーキを解除し、シフトをニュートラルへ入れれば、数人で押して移動できることがありました。

現在の車では、電動パーキングブレーキだけでなく、電子制御式のシフトも増えています。
バッテリーが完全に上がると、シフトをニュートラルへ入れられない車もあります。
ステアリングロックを解除できず、ハンドルを切れないこともあります。
スマートキーでドアを開けられない。
電子式のバックドアを開けられない。
シフトを動かせない。
電動パーキングブレーキを解除できない。
バッテリーが一つ上がっただけなのに、車全体が大きな置物のようになってしまうことがあるのです。
ハイブリッド車だから安心とも限らない
ハイブリッド車や電気自動車には、大きな駆動用バッテリーが搭載されています。

そのため、バッテリー上がりとは無縁だと思われることがあります。
しかし、こうした車にも12Vの補機バッテリーが使われています。
補機バッテリーは、コンピューターやドアロック、照明、各種制御システムなどを起動するために必要です。
駆動用バッテリーに電気が残っていても、12Vの補機バッテリーが上がれば、車両のシステムを起動できないことがあります。
大きなバッテリーに電気があるのに、車を動かせない。
利用者から見れば不思議ですが、車両を制御する入口となる電源が失われているためです。
現在の車では、12Vバッテリーはエンジンを始動させるだけの部品ではありません。
車に搭載された数多くのコンピューターを目覚めさせる役割を持っています。
無理に引きずると修理代が増える
今回のハリアーは、ロードサービスが後輪の下へスノーボードを敷き、タイヤを滑らせて積載しました。

しかし一般的には、タイヤの下へ専用のドーリーやスケートを入れたり、ウインチを使ったりして積載します。
車種や駆動方式によっては、四輪すべてを地面から離して運ぶ必要があります。
パーキングブレーキが作動したまま、車をロープで無理に引っ張るのは危険です。
タイヤの一部分が削れる。
ブレーキ部品へ強い力がかかる。
電動パーキングブレーキの機構を傷める。
トランスミッションや4WDシステムへ負担をかける。
バッテリー交換だけで済むはずだったものが、別の高額修理につながる可能性があります。
ロードサービスを依頼するときは、単に「バッテリーが上がった」と伝えるだけではなく、車種と年式、電動パーキングブレーキの有無、シフトをニュートラルにできるか、タイヤが回るかなども伝えておくと対応しやすくなります。
駐車場所によっては救出が難しくなる
バッテリー上がりは、駐車している場所によって対応の難易度が大きく変わります。

ボンネットを壁へ向けて前向き駐車している。
左右にほとんど隙間がない。
地下駐車場で積載車が入れない。
機械式駐車場のパレット上に止めている。
急な坂道に駐車している。
こうした場所で、シフトもパーキングブレーキも解除できなくなると厄介です。
救援用の車を近づけられなければ、長いケーブルや携帯型ジャンプスターターが必要になります。
電源を復旧してもブレーキを解除できなければ、専用の搬送器具も必要です。
バッテリーそのものより、そこから車を救出する作業の方が大変になる場合があります。
バッテリー上がりに備えて確認しておきたいこと
まず、自分の車の12Vバッテリーや救援用端子がどこにあるのかを確認しておきたいところです。

スマートキーの中に入っている機械式キーの取り出し方も、一度試しておくと安心です。
電源が完全に落ちてから初めて説明書を探しても、説明書が開かないバックドアの中に入っているかもしれません。
メーカーが公開している電子版の取扱説明書を、スマートフォンから確認できるようにしておくのも有効です。
携帯型ジャンプスターターを車載する方法もあります。
ただし、端子をつなぐ位置や順番は車種によって指定があります。極性を間違えると、ヒューズや高額な電子部品を壊す恐れがあります。
道具を買うだけではなく、自分の車ではどこへ接続するのかまで確認しておく必要があります。
そして何より重要なのが、バッテリーを定期的に点検することです。
短距離走行が多い車。
週末しか乗らない車。
長期間駐車する車。
電装品を多く使う車。
こうした使い方では、走行距離が少なくてもバッテリーが弱りやすくなります。
バッテリーの寿命は、使用年数だけでは判断できません。
今回のハリアーから分かること
今回の事例では、バッテリー上がりを起こしたハリアーをジャンプスタートしたものの、電動パーキングブレーキを解除できませんでした。

後輪がロックしていたため、ロードサービスはスノーボードをタイヤの下へ敷いて積載しました。
工場へ到着した時点では診断機による解除も考えましたが、エンジンをしばらくかけているうちに電圧が回復し、通常のスイッチ操作で解除できるようになりました。
つまり、エンジンが始動できた直後でも、車両の電源状態が完全には戻っていないことがあります。
その状態では電動パーキングブレーキなど、一部のシステムが操作できない可能性があるのです。
ただし、同じように待てばすべての車で解除できるわけではありません。
手動解除が必要な車種もあれば、診断機や整備作業が必要になる車種もあります。
バッテリー上がりは、以前なら「エンジンがかからないトラブル」でした。
今の車では、それに加えて「ブレーキを解除できない」「シフトを動かせない」「車を搬送できない」という問題まで起きることがあります。
便利な装備が増えたからこそ、電気がなくなったときの弱点も知っておく必要があります。
もし電動パーキングブレーキを搭載した車がバッテリー上がりを起こし、ジャンプスタート後もブレーキを解除できなかったら、無理に引っ張らないでください。
まず取扱説明書を確認し、それでも解除できなければロードサービスや整備工場へ相談する。
それが、バッテリー交換だけで済むトラブルを、さらに大きな修理へ発展させないための大切な判断です。
ジャンプスタート後にエンジンを始動しっぱなしにしておくと、電気がある程度復活して解除が今回できました。何はともあれジャンプスターターは持っておいた方がいいでしょう。
ガソリンスタンドでアルバイトをはじめ、その後指定整備工場へ就職。
働きながら、3級ガソリンエンジン、2級ガソリン自動車の整備資格を取得。2級整備士の資格を取得後整備主任に任命され、自動車検査員の資格を取得。
以後、自動車整備の現場で日々整備に励んでいます。
現役自動車整備士であり、自動車検査員。YouTuberもやっています。車の整備情報から新車、車にまつわるいろんな情報を365日毎日更新しています。TwitterやInstagram、YouTubeTikTokも更新しているのでフォローお願いします。