鍵を回してもセルが動かない!シフトレバーを少し動かしたら始動した理由

「エンジンをかけようとしても、セルモーターがまったく動かない」

この症状を聞くと、多くの人はバッテリー上がりを疑います。

確かにバッテリーが弱っている場合、セルモーターは回りません。スターターモーターやスターターリレーが故障していても、同じような症状になります。

ところが、シフトレバーを少し前後へ動かしたら、何事もなかったようにエンジンが始動した。

この場合、原因はバッテリーやセルモーターではなく、車がシフト位置を正しく認識できていない可能性があります。

AT車はPかNでなければ始動できない

オートマチック車は通常、シフトレバーがPまたはNに入っているときだけエンジンを始動できます。

もしDやRに入った状態でセルモーターが回れば、エンジンが始動した瞬間に車が飛び出す危険があるからです。

そのため車には、

「現在のシフト位置はPです」

「現在はNに入っています」

という情報を検出する仕組みがあります。

この判定に使われるのが、インヒビタースイッチやニュートラルスタートスイッチと呼ばれる部品です。車種によってはトランスミッションレンジセンサーなどの名称が使われます。

運転者がシフトレバーをPに入れていても、車側がPと認識していなければセルモーターは回りません。

これが、シフトレバーを少し動かすと突然始動する理由です。

シフトレバーはPなのに車はPだと思っていない

お客さんからすると、メーターの表示もシフトレバーもPになっています。

それなのにセルモーターが回らない。

そこでシフトレバーをPの位置で少し前後へ動かしたり、一度Nへ入れてから始動操作をしたりすると、セルが回ることがあります。

これはシフトレバーを動かしたことで、インヒビタースイッチの接点がつながったり、実際のトランスミッション側の位置がわずかに変化したりしたためです。

インヒビタースイッチはミッションのシフトポジションを検知しているスイッチです。

症状だけを見ると、インヒビタースイッチが怪しく思えます。

僕も過去にインヒビタースイッチの不良は経験しています。

内部接点が摩耗したり、位置がずれたりすると、PやNを正しく検出できなくなることがあります。

ただ、僕の経験では、インヒビタースイッチの取り付け位置が大きくずれて始動不能になるケースは、それほど多くありませんでした。

最近続けて遭遇したのは、別の部分でした。

最近2回ほど遭遇したシフトワイヤーの不良

シフトレバーとトランスミッションは、車種によってシフトワイヤーでつながれています。

運転者が室内のシフトレバーを動かすと、その動きがワイヤーを通じてトランスミッション側へ伝わります。

このワイヤーや接続部分に不具合が起きると、シフトレバーの位置とトランスミッション側の実際の位置が一致しなくなることがあります。

僕は最近、シフトワイヤーが原因となるケースに2回ほど遭遇しました。

運転席ではシフトレバーをPまで動かしている。

メーター上もPに見える。

しかし、トランスミッション側のレバーが正しいPの位置まで動ききっていない。

そのためインヒビタースイッチがPを検出できず、スターターへの始動許可信号が出ません。

シフトレバーを少し押したり引いたりすると、ワイヤーを通じてトランスミッション側がわずかに動きます。

その瞬間にPの接点が入り、セルモーターが回るわけです。

インヒビタースイッチが悪いように見えて、実際にはそこまで正確に動かしているはずのシフトワイヤー側に問題があったということです。

シフトワイヤーはどのように壊れるのか

シフトワイヤーの不具合には、いくつかのパターンがあります。

ワイヤーそのものの動きが悪くなる。

内部に抵抗が生じ、シフトレバーの動きが正確に伝わらない。

固定部分が緩んだり、外れたりする。

接続部に使われている樹脂製のブッシュが摩耗、変形、破損する。

調整位置がずれる。

こうした不具合が起きると、室内のシフトレバーを操作した量と、トランスミッション側で動いた量に差が出ます。

完全に外れてしまえば、シフトレバーを動かしてもトランスミッション側が動きません。

しかし、不具合の初期では、少し動きが足りない程度のことがあります。

Pにはほぼ入っているけれど、完全には入っていない。

シフトレバーを少し動かすと始動する。

何度か操作すると正常に戻ったように見える。

このような曖昧な症状になるため、故障が見逃されやすいのです。

セルが回らない原因は一つではない

鍵を回してもセルモーターが動かない場合、原因はシフト関係だけとは限りません。

主な原因として考えられるのは、

・バッテリー上がり

・バッテリー端子の接触不良

・スターターモーターの故障

・スターターリレーの不良

・イグニッションスイッチの不良

・ブレーキスイッチの不良

・スマートキーの認識不良

・イモビライザーの異常

・インヒビタースイッチの不良

・シフトワイヤーや接続部の不良

などです。

セルモーターが回らないという結果は同じでも、故障している場所はまったく違います。

診断するときは、セルモーターへ始動信号が来ているか、PとNを車両が正しく認識しているか、メーターのシフト表示がおかしくないかなどを順番に確認します。

「シフトレバーを動かしたら始動した」という情報は、診断する整備士にとって非常に重要な手掛かりです。

PでかからなければNを試してみる

外出先でセルモーターが回らず、シフト位置の認識不良が疑われる場合は、ブレーキペダルをしっかり踏み、パーキングブレーキを確実にかけたうえで、一度Nに入れて始動を試す方法があります。

P側の接点に問題があっても、N側では始動できることがあるためです。

Pの位置でシフトレバーを少し押した状態にすると始動する場合もあります。

ただし、これはあくまで故障箇所を推測するための一時的な方法です。

何度も強くシフトレバーを動かしたり、無理にこじったりしてはいけません。

また、シフトワイヤーの接続部分が外れかけている場合、運転者が選んだ位置と実際のギヤ位置が一致していない可能性があります。

シフトレバーはPなのに、車が完全にはPへ入っていない。

Rへ入れたつもりなのにNのまま。

Dを選んだのに別の位置になっている。

このような状態では、車が予想外に動く危険があります。

始動できたからといって、そのまま使い続けてよいとは限りません。

一度エンジンを止めたら、次は始動できなくなる可能性もあります。可能であればそのまま整備工場へ相談し、状況によってはロードサービスで搬送してもらう方が安全です。

シフト表示の違和感も故障の前兆

シフトワイヤーや位置検出に問題が出始めると、始動不能以外の症状が出ることがあります。

・シフトレバーの動きが重い

・以前より操作した感触が曖昧になった

・Pへ入れたのに表示が変わらない

・メーターのシフト表示が点滅する

・バックランプが点灯しない

・Rに入れたのにバックモニターへ切り替わらない

・Pで始動できないがNなら始動できる

・シフトレバーを押さえていないとセルが回らない

・キーが抜けなかったりする

こうした症状があれば、完全に動かなくなる前に点検した方がよいでしょう。

特にシフトレバーの位置とメーター表示が一致しない場合は注意が必要です。

単なる表示不良ではなく、車両側が実際のシフト位置を正しく認識できていない可能性があります。

部品を決めつける前に全体の動きを確認する

Pで始動できず、シフトレバーを動かしたらセルが回った。

この症状だけで、

「インヒビタースイッチを交換すれば直る」

と決めつけるのは早すぎます。

スイッチ自体が正常でも、シフトワイヤーが正しい位置までレバーを動かしていなければ、Pを検出できません。

逆にワイヤーが正常でも、インヒビタースイッチ内部の接点が不良なら始動できないことがあります。

室内のシフトレバー。

シフトワイヤー。

接続部のブッシュ。

トランスミッション側のレバー。

インヒビタースイッチ。

メーターに表示されるシフト位置。

これらが連動しているかを確認する必要があります。

故障診断では、反応しなかった部品だけを見るのではなく、その部品を動かしている手前の機構まで確認することが大切です。

始動できたことは「直った」という意味ではない

シフトレバーをガチャガチャと動かしたら、エンジンがかかった。

すると多くの人は、

「一時的な接触不良だったのだろう」

「かかったから、しばらく大丈夫だろう」

と考えます。

しかし、一度でもシフト位置を正しく認識できなかったのであれば、何らかの不具合が始まっている可能性があります。

次回も同じ操作で始動できる保証はありません。

出先で完全に始動できなくなることもあれば、シフト位置がずれて車が意図しない動きをする可能性もあります。

鍵を回してもセルが動かず、シフトレバーを少し動かしたら始動した。

これは偶然エンジンがかかったのではありません。

車がPまたはNを認識できる位置へ、一時的に戻った可能性があります。

インヒビタースイッチだけでなく、最近ではシフトワイヤーや接続部分の不具合も実際に経験しています。

始動できたから終わりではなく、その操作で始動したという事実を整備工場へ伝えてください。

その一言が、原因を見つける大きな手掛かりになります。

noteと週刊MHO通信を始めました

整備士として働いてきた約25年間の体験や、チームMHOを始めてから現在に至るまでの出来事を、noteで少しずつ書き始めました。

普段の自動車記事では書ききれない、修理現場での経験、仕事への考え方、独立するまでの道のりなども残していく予定です。

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